さば 雲

友がひとりまた一人消えて思い出だけ残る。過ぎてしまえばこの世は残り少なく、今頃ひとりじたばたしている 。

権 威

 顔

 油絵 4号 1981年作


「どうせ盗むなら、人間の一番大切なものを盗んでやろうと思ったんです。で、いろいろ盗みをしているうちに、人間がいちばん大切にしているものがわかりましたの」
「ほう、そりゃなにかね?」
「権威です。人を思いのままに動かすことのできる、あるもの。ある人にとっては八の字ヒゲ。ある人にとっては自分はこれだけのことをしたという過去の栄光、お医者さんの白衣、勲章、菊のバッジ、文学賞……人はそういうものがすきなんです。そういうものをたくさん手に入れて、その威光で、人を思いのままに動かそうとしているのね。お金も出世もホコリも、努力もよい行いも、なにもかもみんな、権威、力をもつための手段に過ぎないんです」(中略)

「でもねェ、ブン、もしそうだとしても、権威をもつことがなぜいかん?」
「人間の目がくもりますもの。権威をもつと、人は、愛や、優しさや、正しいことが何かを、忘れてしまうんです。そして、いったん、権威を手に入れてしまうと、それを守るために、どんなハレンチなことでも平気でやってしまうのだわ」


 ◆井上ひさし著「ブンとフン」より