リサイクル
スクラップ Ⅳ「壊れた部品たち」
水彩+ 色鉛筆+ アクリル 21.5ⅹ 32 cm(未完)
私たちは命が尽きたら荼毘に付され、体を構成していた酸素や炭素、水素、窒素などは気体となって地球にばらまかれ、そのうち他の生物などに取りこまれながら、どこかでリサイクルされていく。
原子は核融合や核分裂が起こると別の原子になるので、原子の種類は変わっていくが、原子をつくっている大本は変わらない。たとえ核爆弾で多量の放射能を浴び、分子や原子の結びつきが壊れても原子核の中にある陽子や中性子が壊れることはない。つまり不老不死なのだ。
だから、今私たちの体を作っている原子や陽子・中性子、クォークにも壮大な歴史があり、元をたどれば宇宙のどこか、太陽系のどこかを漂っていたはずだ。恐竜の体の中にいた時期があったかもしれないし、海底にひっそりと沈む岩の一部だったかもしれない。
ただし、その歴史をひも解くことはできない。今目の前にある原子がどんな変遷をたどってきたのかという情報は、一切刻み込まれていない。世の中にあるクォークや電子といった素粒子は、すべて同じ性質をもっている。無個性だ。見分けることはできないのだから、その変遷をたどることもできない。
しかし、宇宙ができた頃に漂っていたクォークが太陽系のなかをさまよいながら地球にやってきて、なんの縁か、私たちの体を構成する一部となり、そして死後もどこかでリサイクルされていくと考えると、感慨深いものがある。
◆松原隆彦著「文系でもよくわかる 世界の仕組みを物理学で知る」より
※いつも見てくれて本当にありがとうございます。
遅くなりましたが、今年もまたよろしくお願いします。
椎名。
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