さば 雲

友がひとりまた一人消えて思い出だけ残る。過ぎてしまえばこの世は残り少なく、今頃ひとりじたばたしている 。

被 爆

 W  さん

 水彩+ パソコン  1984年作のリメイク


 原爆は今なお、被爆した人の体の中で爆発を続けている。というのは、今年もまた原爆症で亡くなった方がいるからで、半世紀以上たった今でも被爆の全体像が見えないのです。こうして、この兵器は未来を考える人間の力を封じてしまう。原爆とは、そんな、特別な爆弾です。あのとき、どんな人類史的な出来事があり、人の意識がどうかわったのか。それをさまざまな人がさまざまな形で再構成して伝えていく必要がある。僕もこの点にこだわってきたが、なかなか作品にはできませんでした。


 やっと書き上げたのが、被爆した父と娘を描いた「父と暮らせば」(1994年初演)だった。あの芝居を書く直接のきっかけは、二つの言葉でした。

ひとつは、広島の原爆投下に関する昭和天皇の「広島市民には気の毒であるが、やむをえない」という一言(1975年10月31日)。

もうひとつは、中曽根康弘首相(当時)が広島の原爆養護老人ホームで原爆症と闘う方々に「病は気から。根性さえしっかりしていれば病気は逃げていく」と語ったこと(1983年8月6日)。

これを聞いたときにキレて、どうしても書かねばと思いました。


  ★井上ひさしベスト・エッセイ(井上ユリ編)より