さば 雲

友がひとりまた一人消えて思い出だけ残る。過ぎてしまえばこの世は残り少なく、今頃ひとりじたばたしている 。

隠 蔽

  頭 部

 油絵 6号 1981年作


「嫌な事件だったね。ぼくは夢中になって記事を書いていたが、しまいには、だんだん嫌になって来たよ」
 田原典田は、酒を喉に流していった。
「これで税務署も、少しは反省するだろうか?」
 時枝が言った。
「反省するもんか。一つの悪事が出れば、もっと巧妙に立ち回るだけだよ」
 田原は腕を組んで両肘を突いた。
 (歪んだ複写)


 とにかく、すべては終わったのだ。
……この事件で、一番悪いやつは誰だろう。
 犯罪を犯したものか、その上にいる巨大な存在か。
 あたりの景色はおだやかだった。
 だが、この平和の奥に、まだまだ見えない黒い影が傲慢に存在し、それが目に見えないところから、現代を動かしているのだ。
 平和なのは、ただ目に見える現象だけであろう。
 怪物は、依然として日本の見えない奥を徘徊している。
 (影の地帯)


  ◆高橋敏夫著 松本清張「隠蔽と暴露」の作家より