さば 雲

友がひとりまた一人消えて思い出だけ残る。過ぎてしまえばこの世は残り少なく、今頃ひとりじたばたしている 。

桜の花の散ります頃に

  漂い流されて 

  水 彩 + ガッシュ  180 ⅹ 240 ㎜


 きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、わが身を縛っておりましたが、見るのも辛うして。
 それがあなた、死にました年でしたが、桜の花の散ります頃に。私がちょっと留守をしとりましたら、縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。たまがって(驚いて)駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらば拾おうとしよりましたです。曲がった指で地面ににじりつけて、肘から血ぃ出して、
「おかしゃん、はなば」ちゅうて、花びらば指すとですもんね。花もあなた、かわいそうに、地面ににじりつけられて。
 何の恨みも言いわじゃった嫁入り前の娘が、たった一枚の桜の花びらば拾うのが、望みでした。それであなたにお願いですが、文ば、チッソの方々に。
桜の時期に、花びらば一枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいませんでしょうか。花の供養に。


◆石牟礼道子「苦海浄土」より  
※「花の文をー寄る辺なき魂の祈り」から