さば 雲

友がひとりまた一人消えて思い出だけ残る。過ぎてしまえばこの世は残り少なく、今頃ひとりじたばたしている 。

宇宙大河の一滴

  コスモス、デジタル修正版

   水彩+ パソコンソフト


この世に存在する形あるすべてがつかの間であるからこそ、
ついさっきまで存在していたものが滅び去った次の瞬間、
またぞろ様々なものが、この世に生じてくるのだよ。
あたかも何もなかったあの大空に、
再び様々な形をした雲が、湧き出てくるようにね……
つかのまの存在ではあるけれど、
あなたは意味もなく、この世に生まれてきたわけではない。
無数の様々な原因と条件が寄り集まって、生まれてきたのだ。
つまり、生まれる意味があったからこそ、あなたは生まれてきたのだ。
そのことを思うと、不思議な気分になるね……
そうなのだ。
今、生きているあなたとは、奇跡のような存在であると言っても、過言ではない。
まことにまことに、ありがたい存在でもあるのだよ、……
実は、あなたのいのちとは、宇宙大河の一滴のことなのだ。
わずか一滴であるけれど、その一滴がなければ、宇宙大河はついに成り立たない。
宇宙大河の中を、とうとうと流れてゆく、あなたのいのち。
あなたのいのちの中を、とうとうと流れてゆく宇宙大河。
即ち、あなたとは、宇宙そのものなのだよ。


☆新井 満著「自由訳 般若心経」より
※竹内整一著「ありてなければ 無常の日本精神史」から

川ぺっりムコリッタ


 アマプラで久々にいい映画をみた。
荻上直子監督「川ぺっりムコリッタ」、観るのはもう何回目だろうか、面白くてはまってしまった。


 出所して、イカの塩辛工場に働くことになった若者(松山ケンイチ)と自称ミニマリストのアパートの隣人(ムロツヨシ)、その旧友の住職、隣のアパートに住む墓売り親子(吉岡秀隆)、大家の親子(満島ひかり)など、みな訳あり。


 セリフの間ととぼけた味わい(まえに見たカモメ食堂、メガネもよかった)がまたいい。人の生き死にそのものがテーマ、生きる辛さをえがきながらも重くならない。それはたぶん子どもたちを使ってファンタジーも交差させているからだろうか。
それからパスカルズの曲もいい感じ。


原作本があったので注文したから、もうしばらくは酔っていられそうだ。。


「 …ささやかなシアワセを細かく見つけていけばさ、なんとか持ちこたえられるのよ。
            こんなギリギリの生活でも  」

咆 哮

  咆哮、 荒海によるイメージ(未完)

  パソコン+ マウス(デジタル修正版)


 戦争で国が良くなることはない。


日本は、軍事力を用いない分野での貢献や援助を果たすべきです。


依然としてテロとの戦いと拳を振り上げ、
『経済力さえつけば』と札束が舞う世界は、砂漠以上に危険で面妖なもの。


信頼関係があること、これが武器よりも一番大切なこと。


命に対する哀惜、 命を愛おしむという気持ちで物事に対処すれば、 大体誤らない。


人は人のために働いて支え合い、人のために死ぬ。
結局はそれ以上でもそれ以下でもない。


★中村哲(1946~2019)医師
※アフガニスタンのジャラーラーバードで、
武装勢力(TTP=パキスタン・タリバン)に銃撃され死去。

ゴミ掃除



    たしかにアホと戦うのは面倒だ。議論して勝ったところで連中は改心しないし、逆恨みされるだけ。時間の無駄だし、ストレスの原因にもなる。合理的に考える人間は戦わないと思う。

    しかし、それでも戦っている人たちがいる。合理よりも大切なものがあると考えるからだろう。

         (中略)

    賢者ツアラトウストラは、バカに説教しても無駄だと俗世に呆れ果て隠遁する。しかし、それでも人間の可能性を捨てきれず、再び語りだす。そこにあるのは人間愛、人類愛だ。守りたいもの、愛するものを持っている人間は戦う。それはニヒリストが考えるようなカネで換算できる価値ではない。

    程度の差こそあれ、人間の営みとはそのようなものだと思う。自宅の前にゴミが落ちていたら、ほうきとちり取りで掃除をする。放っておけば風で吹き飛んでいくかもしれないし、誰かが片付けるかもしれない。掃除をしたところで時間がたてばまたゴミが増えていく。それでも掃除をする。

    これも日々の生活に対する愛だ。

    バカと戦ったところでバカがいなくなるわけではない。社会のダニを批判したところで、日本がよくなる保証もない。それでも、目の前にあるゴミは片付けなければならない。


    ◆適菜収著「それでもバカとは戦え」より